第1回目は、釜石はまゆり会から釜石市の被災直後の惨状写真と、小中学生の勇気ある避難行動、そして、支援活動などの一端をご報告いたします。
1.釜石市内小中学生の避難生存率99.8%は奇跡じゃない。!!
ある女子中学生が自宅で地震に遭遇した後、自宅裏のおばあさん連れて逃げるのが自分の役割と考え、逃げる準備をするおばあさんを待っている時に地震の第2波が襲ってきて箪笥の下敷きになり命を落としました。この少女を含め病気で学校を休んでいた5人の小中学生が残念ながら亡くなりました・・・。しかし、学校で何年も前から『地震が起きた時は、まず逃げること』を実践訓練してきた小学生1927人、中学生999人の命が助かりました。実に99.8%の生存率に多くの大人は「奇跡」と呼びましたがそうではありません。子供達自らが学校教育で身につけた実践力・対応力が「想定外」を乗り越えたのでした。
2.市民有志が「復興・釜石新聞」を立ち上げた!!
6月11日創刊号、釜石新聞社代表社員 菊池征毅氏の発刊の言葉から抜粋しました。
『自分も被災者の一人として初めて体験した避難所生活で一番欲しかったのは「情報」でした。食糧・水・寝具は勿論ですが、肉親、友人、知人らの消息を知りたい。生きているのか・・どうしているのか・・。便利なはずの携帯電話やテレビが使えないもどかしさ、頼りになるのは身近な情報をつぶさに伝えてくれる地元紙。その発行の継続が難しくなった(長年親しまれてきた地元紙「岩手東海新聞社」が被災して再開できなくなった。)中、4000人以上の死者を出した石巻市では地元紙が壁新聞を手書きして市民を勇気づけたことを聞きこれほど地元紙を渇望した事はありません。(中略)当面は釜石市の委託を受けて市の災害対策本部儒応報紙として週2回発行、無料で市内全所帯に届けたい。いずれは地域紙として自立し、市民に愛される新聞にしていきたい・・・』
3. 被災地へ直接支援を!
被災直後に多くのふるさと出身者から寄せられた『義援金を地元被災者に直接届けるにはどうしたら良いか・・・?』との声に応えようと、首都圏に在住する釜石地区の旧4高校(南・北・商業・工業)同窓生と釜石ゆかりの人達でつくる岩手県人連合会加盟団体「釜石はまゆり会」(金山亜希雄会長 会員約3000名)が中心となって支援活動の準備を進め、4月早々に会員以外にも輪を広げて約4700名に義援金の呼びかけを行いました。
その結果、4~8月の5か月間で約1500件の個人・法人から3500万円余りが集まりました。旧4高校同窓生には当時大槌町や山田町から汽車通学した人も多くいたことから釜石市のほか両町にも按分して義援金全額を贈りました。
義援金呼びかけハガキ(4700通)の宛名書き、そしてご支援いただいた一人一人へのお礼と報告(1500通)等きめ細い作業を全て在京ふるさとの有志でボランティアで行いました。そして募金開始と同時に国税庁に申請しておりました「釜石はまゆり会の義援団体扱い」について日本赤十字社やNHK助け合い募金などの大手団体と同様に団体承認をいただきました。(募金された方々は、来年の確定申告時に、個人は「寄付金控除」法人は「損金扱い」の優遇措置がうけられます。今年で26周年の釜石はまゆり会は、毎年11月に東京で定例総会を開催しておりましたが、大震災の影響を受けて今年は見合わせることになり、釜石市の復興、新しい町づくり報告と更なる支援活動のため、来年5月26日に開催することが決まりました。(釜石はまゆり会事務局 藤原孝次)
4.大津波直後の被災写真(釜石市の写真家藤枝宏氏提供)
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大渡町:何度も押し寄せる津波に屋根に上り避難する人々。
眺めの良い釜石小学校登校坂から、まさかこのような惨状を
見ることになるとは。(平成23年3月11日) |
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大町:釜石のメイン通りである大町の青葉通り交差点の
瓦礫の中を進む自衛隊員。自宅が心配で歩く市民の姿も。
(3月13日。以下 年を略。) |
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大町:津波翌日の大町商店街。日中は多くの人が行き交う
釜石一の繁華街が、無残にも瓦礫の山となってしまった。
被災した商店街をむなしく朝日が照らしていた。(3月12日) |
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松原:松原神社より被災した松原・嬉石の街を望む。
鳥居は一刻も早い復興を願っているようだ。(3月31日) |
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嬉石:釜石警察署と沿岸免許センター周辺には
津波で流された車や瓦礫が散乱していた。(4月3日) |
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鵜住居:釜石市内最大の津波被害を受けた鵜住居町。
建物はほとんどなぎ倒され、はるか片岸町まで見通せるように
なってしまった。写真中央は鵜住居駅。(4月4日) |
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両石:強固な防波堤によって守られていたはずの
両石町だったが、津波によって防波堤はズタズタになり、
町はほぼ壊滅してしまった。(4月4日) |
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平田:押し寄せた津波より、漁業関連施設は
壊滅的な打撃を受けてしまった。(4月5日) |
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尾崎白浜:津波の猛威は比較的高台にある家屋の
屋根まで破壊してしまった。(4月5日) |
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大石:釜石最南端の漁港は、津波によって
海沿いの家屋が全壊となった。(4月5日) |
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小白浜:大きな防潮堤を乗り越え、津波被害が甚大となった
唐丹町の中心・小白浜(4月5日) |
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根浜:釜石海洋レジャーの中心・根浜。レストハウスも
津波の直撃を受け、海の中に傾いてしまった。(4月6日) |
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箱崎:一面瓦礫の街となった箱崎。我が町のあまりの惨状に
肩を落として歩く住民。(4月6日) |
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室浜:松の木に宙釣りになった漁船と無残にも打ち上げられた
漁船。津波の威力をまざまざと見せつけられる。(4月6日) |
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